こんとこ、「ゲージュツ」とは、無縁の生活をしていて、「ゲージュツ失調症」に陥りかけていたので、先日慌てて「補給」に走り回りました。
土曜日は「後はお願いします」と、現場を抜け出し、軽井沢の脇田美術館へ。
世田谷美術館館長と東大名誉教授の対談ということなのですが、それには興味がなく、伊礼さんのお師匠さんである吉村順三さんの設計した脇田さんの「アトリエ山荘」を目当てで見に行ってきました。
「やっぱ、伊礼さんの設計は吉村さんの設計とよく似ている」。
45年前に建てられた1階がRC、その上に木造の建物ですが、「外を中に取り入れる」設計がされていて、床面積は広くないのに窮屈さを感じない。落ち着く。
天井は勾配天井。暖炉があり、照明は、電球色にして癒しを得られる雰囲気。色々採寸してきたので、「いちごの家」の設計で貰っちゃおうと思います。
「いちごの家」はいろんな人の設計、いろんな経験、いろんな出来事の盗作になると思います。住む人が住みやすければそれでいいと思うし、住むのは人間だから、普遍的なものは存在すると思う。

 日曜日は飯山市美術館で米林雄一氏の展示。ふるさと館と相生座で縄文文化の映画鑑賞。
明治維新時に長野で唯一戦争があった飯山戦争。
縄文時代にも稲作は行われていた。
縄文時代はの縄の文様のある土器から作られた単語であると思うのですが、次の時代に区分されている弥生時代とは比べ物にならないほど、土器製作の技術・デザインが優れているのだという。
日本の土地の縄文土器は他の国の土器よりかなり優れていて、海外で出土する縄文土器に日本で出たものと酷似しているものがあるという。その当時から交易が行われていたことが予想される。
歴史の授業とエラク違う。歴史(history)はやっぱりhis story(彼の物語)だね。
その時その時の為政者によって書き換えられてしまうということ。